2007-02-03 3年11ヶ月続けた。
2007-02-04 意訳する。
2007-02-06 むしろ失言
2007-02-07 ハミガキ談話
2007-02-09 子音組み換え
2007-02-11 外出
2007-02-13 悪夢
2007-02-16 「そっちがわ」願望
2007-02-23 筋肉痛
2007-02-26 明るく落第宣言!
2007-02-28 会話のビリヤード
『書き付け帳』は、3月1日をもって、http://kakitsuke.com/に移転いたしました。
お手数をおかけしますが、リンク・ブックマーク等の登録変更をして頂くようお願い申し上げます。
2007-02-03 3年11ヶ月続けた。
2007-02-04 意訳する。
2007-02-06 むしろ失言
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2007-02-16 「そっちがわ」願望
2007-02-23 筋肉痛
2007-02-26 明るく落第宣言!
2007-02-28 会話のビリヤード
先ほど、コメントとトラックバックを閉じました。
このため、以前までに書き込まれたor送信されたトラックバックの閲覧も行えなくなりました。ご了承ください。
とくに理由はございません。ただ、なんとなくです。
炎上したり、コメント荒らしやスパムトラックバックの襲来防止という訳でもありません。
ただなんとなく、コメント投稿フォームから「オレ様の文章にコメントしろや!」という、まるで自分のリサイタルの感想を求めるジャイアンのような威圧感を感じただけです。それだけです。
なんとなくついでに、これまでをざっと振り返ってみます。
2003年3月1日 Lycosダイアリーにて開始
2003年8月18日 はてなダイアリーに移転
2004年1月1日 独自ドメインに移転、運営形態をMovableTypeを利用したブログに変更
2006年12月31日 新ドメインに移転
おかげさまで、もうすぐ5年目に入ります。
丸4年。反抗期から青春期までが、すっぽり入ってしまいます。
その間に段々とカドが取れ、丸くなっていきました。とくにに最近、それがよく分かります。
ちょうど1年前、私は高校の学友会長として校内自治と組織運営の在り方について、あーだこーだと訴えていました。
しかし、いま振り返ると非常にどうでも良い事のように思えます。
「こう在るべきだ」とまくし立てて訴える事は、その時点ではとても痛快なことです。
でも、後から客観的にその文章を読み返すと、「痛さ」だけが目に付いて、とても読んでられなくなります。
「ただ書きたいだけなら、トイレットペーパーに書きつけて、便といっしょに流してしまえ!」そう思えてしまいます。
ところで、私が書きつけ帳を始めた理由はなんだったのでしょうか。
とっさに思い出せないほど、長らく初心を忘れていました。
……あれっ、初心なんて、あったかな。
大変です。
「買い物行かなくちゃ」とスーパーに行ったは良いけれど、ふと「なにを買いに来たんだ?」と気づく程の衝撃です。
あれま、どういたしましょう。
スーパーの場合だと、どうするでしょう。
商品を入れるカゴを手に持ってしまっています。
このまま空のカゴをレジ前に返すのは、恥ずかしすぎます。
仕方が無いので「買いに来たもの」をでっち上げるでしょう。
……この例は、まったく役に立ちません。やめましょう。
とりあえず、当面は「1年後に自分で読み返して赤面しない文章」を心がける事にします。
2010.2.11追記
記念すべき「私が殻に籠もった日」の投稿です。
表向きには「閲覧者にコメントやTrackBackを強制させているようで申し訳ない気持ちでいっぱいになるから」を理由にしていますが、いま思うとその実は「もう他人からの意見を受け入れたくないから」という閉鎖的なものに思えます。
「痛さを捨てよう!」と意気込んでいるこの文章自体が、いま思うと痛さの象徴のようにも思えます。
なにかと悩みの種になる『中間管理職(Tyu-kan Kanrisyoku)』。
「T」と「R」と「S」を、組み替えてみる。
たちまち『習慣感知力(Syu-kan Kantiryoku)』が身について、周りの空気が読めるようになる。
だから言語は、あなどれない。
基礎磐石で、穴掘れない。
2010.2.12追記
昨年、大学で「T」と「R」と「S」について教わりました。
それぞれ「構成要件該当性」「違法性」「有責性」のドイツ語での頭文字だそうです。法律用語なんですが、偶然って恐ろしいね。
それにしても最後の一行がよく解らない。
「穴掘れない」は、前の行の「あなどれない」と引っかけてるんだろうが、「基礎盤石」が出てくる意味が解らない。
でも「きそばんじゃく」って響き、ちょっと格好良いよね。
武将の名前とか駅名とかになってそう。
自由登校期間に入り、最近ちょっとした引きこもりになっている。
ぜったいカラダに良くないと思い、きのう2月初の外出。2時間半ほどサイクリングをしてきました。
道ばたの自販機に不二家のレモンスカッシュを見つけて、おおさわぎで購入。良心的(?)にも、100円で販売していました。
ひさびさに不二家商品を見つけて興奮しました。
ところで、不二家の有名なキャッチコピー、「ミルキーはママの味」。
この子音をちょっといじると、「みずぎーなママの足」という怪しげな文章になります。
私にはそんな趣味はないですが、そう連想するからには素質だけはあるのでしょう。
2010.2.13追記
この投稿の前月に、不二家の消費期限改ざん問題が起こっています。
その影響を受けて、当時(2007年2月)は文中の『レモンスカッシュ』も販売休止の措置が執られていました。(ちなみに翌月には販売再開されています)
あの頃は、まだ100円自販機って珍しかったですよね。
見た事のないメーカーのジュースばっかりの80円自販機なら珍しくなかったですが、馴染みのある商品をラインナップに含めた100円自販機は、当時は数えるほどしかなかった記憶があります。
P.S.
最近になって女子高生のスカート姿に「ドキッ」とする自分に気付いて恥ずかしくなる事が増えてきました。
いまだに足フェチと呼べるほどでは無いですが、やっぱり素質はあったんですね。
ひさしぶりに悪夢を見た。
学校に登校したら、教室に誰もいない。
そこに通りすがった担任の先生が、私に「きょう登校日だったのよ。」と一言。
つづいて「残念。あなた、さっき皆勤のリストから外されたわよ。」と冷たく言い放たれる。
余りのおどろきに、「ギャー!」と叫んだところで目が覚めた。
…これって、悪夢か? なんで叫んだんだろ。わかんないや。
2010.2.13追記
「あれは三年前」と歌の文句にありますが、3年前ってのはとうに過ぎ去った過去を表す言葉でございます。
ちょうど3年前、たった今と同じ2月13日未明に書いた文章を読んで、「ああ、あの頃はまだ高校生だったんだな」と思い、取り戻せない青春を悔やむ私でありました。
「そっち側に行きたいよ」と思うこと有りませんか? 私はよく思います。
具体的に説明できないのですが、おそらく「こっち側」は平凡(いまの自分)で、「そっち側」は非凡(あこがれ)なんでしょう。
でも、「こっち」と「そっち」を分けている時点で、もう「そっち」には行けない気もします。
いくら「そっち」に近づいても、いま自分が居る場所は常に「こっち」なのだから、いつまで経っても「そっち」には行けません。
そうやって憧れに向かって、夢を希求し続けるのでしょうね。
教訓:指示語は多用しない。夢はあきらめない。
2010.2.13追記
一見良くわかんない文章だ。
「『こっち』と『そっち』が有る」と思った時点で、その間には溝が出来ちゃう。だから、ちょっとやそっとじゃ越えられなくなる。
でも「『こっち』イコール『そっち』」と思えば、陸続きになるよ! そうすれば、渡りやすいんじゃない?
……って事か。よくわからん。
でもまあ、日本人には『此岸』と『彼岸』の考え方が染み付いているから、『こっち』と『そっち』をくっつけるのは難しいと思うよ。
昨日まで筋肉痛に悩まされていた。
理由は、火曜の入試直後に神奈川県横浜市にある試験会場から、東京都の杉並区まで歩いたから。
やっぱり、ふだん動いてないと、少しの運動でもきびしいね。
幸い、痛みは今朝にはなくなっていました。
すぐに痛んで、すぐに治るのは、まだまだ若い証拠。安心しました。
2010.2.13追記
ウォーキング好きは今でも変わりません。
先日も30kmほど歩きました。
水道橋(千代田区)から、神田〜京橋(中央区)〜三田(港区)〜目黒駅(品川区)〜中目黒(目黒区)〜神泉(渋谷区)〜西新宿(新宿区)〜東中野(中野区)〜阿佐ヶ谷(杉並区)という行程。約6時間の道のりでした。
その日は折しもクリスマスイブ。代官山を一人で歩くのは精神的に辛かったですが、肉体的にはそれほど負担ではありませんでした。
近々また都心を歩きたいです。
2010.2.24追記
昨日も歩いてきました。
水道橋(千代田区)から、四ッ谷(新宿区)〜明治神宮外苑(港区)〜代々木(渋谷区)〜高円寺(杉並区)という行程。約15km、ゆったり4時間のコース。
もっと長距離歩きたいよ!
4月以降、無職になる事が決まりました。
とっても暗い話題だけど、プラスに考えよう。
「学校に行かなくちゃ」と考えなくてもいい生活を送れるんだ!
小学4年生から、8年間ずっと、一日も学校を休んだことが無かったから、良い気分転換になるはず。
そう考えると、すごく残念なことなんだけども、無性にワクワクします。
いままで、現状は改善すべきものだとばかり考えていたけれど、現状を受け入れて楽しむ方法もあるみたいです。
どんな状況でも、楽しまなきゃね。
なにごとも、前向きに、明るくしましょう。
さて、どんな面白いことをしようかな?
2010.2.24追記
この年の春から、2年間のニート生活に突入しました。
その間、1日の半分以上を睡眠に、残りの殆どをネットサーフィンに、という完全なる自堕落な日々を過ごす事になるのですが、不思議と「暗い日々」だとは思いませんでした。
そんな生活を2年も続けていると、普通の生活には戻れないような気もしますが、意外に大丈夫。
昨春から大学に通い始めましたが、週6日登校でも苦ではありません。
……ただ、おくれを取った分「若さ」が薄れてしまったのが、反省点ですね。
しばらく他人とコミュニケーションをとってなかったからか、会話がたどたどしくなった。
よく言う「会話のキャッチボール」とは程遠い状態。並べられた話題を突いて落とす、言うなれば「会話のビリヤード」状態。話が一方通行なんですね。
これではだめだと、リハビリをしてみることにしました。一年かけて、どうにか会話できるようにします。
まずは恥ずかしがらずに、相手の目を見て話すことからはじめましょうか。
2010.2.24追記
未だに相手の目を見て会話が出来ません。
ただ、一日中家に居る事で独り言が多くなった分、口から言葉がスラスラと出せるようになった気がします。
おそらくニート期間中に一日中『ラジオのシャドーイング』ばっかりやっていた成果かと。
聞こえた音声を追いかけるようにブツクサと口を動かしていると、意外と滑舌が良くなる(ような気がする)ので、一度お試しあれ。